2008年01月26日

コアラ君

DSC02600.JPGこのカテゴリーは久々の更新です。
主人が初めての海外旅行にオーストラリアに行ってきて、記念写真のコアラ君がおかしかったので・・
パンフレットのコアラ君は当然のことながら「いいお顔」。

koala.JPGそれに引き替え、現実のコアラ君はこんな表情・・・眠いところを起こされてイヤイヤ何人もの観光客にだっこされて、ウンザリ顔。
他の人の写真にはもう少しかわいく写っていたそうで・・ほんとにコアラ君にとってはメイワクなお仕事ご苦労様です。

DSC02551.JPG出かける前に、ぬいぐるみ系のお土産はいらないと言っておいたので、コアラのぬいぐるみのかわりに、チョコレートのコアラ君。これは成田で買った物で一足早く家に届いてました(・_・);


DSC02602.JPG一番うれしいのは花の本、オーストラリアは広いので、花の図鑑といっても総合的なのはおおざっぱで、詳しいのは地方ごとになっているようです。私が昔買ったのは、ニューサウスウェールズとビクトリアのものでした。今回はクイーンズランドと中央部のもので、新しい写真で参考になります。
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2007年02月14日

ワトル

ギンヨウアカシアAcacia baileyana先日買ったミモザは正しくは、ギンヨウアカシア(銀葉アカシア)でした。 英名Cootamundra wattle でクタマンドラはキャンベラの北西にある地名です。ニューサウスウェールズのごく限られた地域に生えていたのにもかかわらず、世界的に広く栽培されるようになり、最もよく知られた種類になったということです。
アカシアの仲間はオーストラリアではワトルと呼ばれていて、日本の桜と同じで、ワトルが咲くと春が来たという感じです・・っていうか今の時期だとしたら桜じゃなくて梅のほうがイメージあっているかも・・・冬の終わりまだ寒いうちに咲き出します。半年季節がずれているので8月の終わりごろから咲いていたと思います。2回目の春のときは余裕があったのでワトルの写真撮ってました。↓
wattle 1977 wattle 1977
P2140087.JPG休みのたびにおみやげ物を買い集めたりしてましたが、花の種を見つけたので日本に帰ったら育てようと買ってきました。
花図鑑にはさんであって袋が残っていてなつかしい・・このワトルの種も確かある程度育ったような記憶があるのですが・・・

P2140086.JPGお土産用によくみかけるコースター、ワイルドフラワーのものがきれいで気に入りました。
ワトル(wattle)は「編み枝」という意味で入植者たちはこの木の枝を編んで家の壁や垣根を作ったそうです。
ゴールデン・ワトル(Acacia pycnantha)は国花になっています。種類が多くて魅力があります(^^)


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2006年01月19日

掘り出し物

昨日の絵は丸めて持ち帰ってきたけど、もう一つ邪魔物らしいのが、一枚の油絵。これは写真だけ撮ってそのまま置いてもらうことに。これを買ったときのことはよく覚えてます。
本 No. 53
1976年9月、夜留守番をしていたときのこと、ドアをノックする音がして、夜に誰か来る事なんてまず無いのでびっくりしたのです。(今だったら絶対にドアを開けたりしないのに)開けてみると、20歳ぐらいの男の子でした。たぶん向こうも東洋人が出てきてびっくりしたのかもしれません。彼の話は・・財布を盗まれて今晩泊まるお金がない、この絵を買って欲しい・・ということらしく、こちらも困りました(・_・;
うさんくさい話で、騙されているのかと思いつつも、その絵をみせてもらいました。
10枚ほどある絵はキャンバスではなくベニヤ板みたいなボードに描かれていて、オーストラリアの風景ばかりでした。彼が一番薦める絵が私も一番気に入ったのですが・・問題は値段。30ドルというので、(当時は1万円位、うーんそんなには出せないぞ)と25ドルでは?と言ったのですが、向こうも強気で負けないのです。しょうがなくてもうやだ〜(悲しい顔)30ドル渡すとボードの裏に左手でDino Prestiaとサインしてくれました。↓名前がオーストラリア人らしくないので訊くと、両親はスペイン人とドイツ人とのこと。といってもヨーロッパには行った事がなくシドニーから来たとのこと・・
Dino.JPG QLD.JPG
あーあ、こんな高いものを買ってしまった・・ま、いいか・・ちょっと幻想的な絵で面白いし・・そのうち有名な画家になったりして・・・
この絵の風景は、オーストラリアの未知の部分を知らせてくれました。その後Scenic Wonders of Australia という分厚い本を買いました。($22.95 これも高かった)
クィーンズランドのアサートン台地 は熱帯に近く太古の自然のままみたいな神秘的な所ですが、観光ツアーで行けるらしいです。ここも世界遺産になってるそうで、ブルーマウンテンズやカールトン庭園についで、このところオーストラリアの世界遺産によく出会います。
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2006年01月18日

カールトン庭園

お正月に実家に行った時、「これ要らないなら捨てるけど・・」と言われて見れば、大きな紙・・中を見て、えーこんなのあったんだ・・・全く覚えてないが、自分が買った物。
Melbourne 1880 という題名の版画・・説明を読むと1880年に開かれた博覧会を記念して当時発行された物の複製らしく、キャンベラの国立図書館で売ってたらしい。
よく見るとすごく精巧な版画で昔のメルボルンを見渡すようですばらしい・・右上の方にある建物を見てびっくり・・このページの表紙に使ってる建物がそこにあった。
P1170179.JPG P1170185.JPG

どこの建物か覚えて無くてそのままにしてたけど、調べたら王立展示館とカールトン庭園で2004年に世界遺産に登録されていた。王立展示館はビザンチン、ロマネスクなど数種の様式で建てられた独特な建築で、メルボルン万国博覧会で使用する為に建てられたそうだ。カールトン庭園ではフラワーショーが開かれる。http://www.melbflowershow.com.au/
carlton.JPG sukyana169.jpg
建物正面の噴水塔はちゃんと描かれているが、道の両脇の並木は当時なくて、この100年ぐらいで木が大きくなったのだろう・・なんだか過去とつながって不思議な気分。
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2006年01月15日

ブルーマウンテンズ

ドラマ「西遊記」のロケ地になったオーストラリアのブルーマウンテンズに行ったときのこと
本 No.52
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1977年8月
シドニーへAさん一家と行きました。朝9:30にキャンベラをでて14:00にシドニー着、約250キロ、メルボルンへ行くのに比べると半分くらいです。
PB040103.JPG子供たち向けにタロンガ動物園や、郊外のワラガンバダムにあるライオンサファリに行きました。
写真がなくてステッカーです。(T_T)

PB040102.JPGPB040100.JPGPB040101.JPG←絵葉書(写真なんか撮れない状況・・乗ってるときはこれより急角度に感じる)

目玉はブルーマウンテンズ観光。スリーシスターズという岩をロープウェイから眺めたり、トロッコ列車みたいな乗り物で谷底に下りるのですが、これがすごい!乗ったときはいすに腰掛けていたのが、走り出すといきなり勾配が急になって体が前屈みに立った状態になり、何がなんだかわからないくらい下に向かって真っ逆さまに落ちていくのです。遊園地、ジェットコースター状態で子供たちがよく落ちなかったと思えるくらい、前の棒にしがみついているので精一杯でした。がく〜(落胆した顔)(今でもあるんでしょうか・・)それからJenolan Caveという大きい鍾乳洞をみました。印象に残っているのはカトゥーンバのホテルから夕方散歩にでたときの、雄大なブルーマウンテンズの光景です。ユーカリから発生する成分で空気がブルーに煙ることに由来するそうですが、神秘的な場所でした。
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2006年01月13日

歯医者

再び昔
本No. 51
1977年9月
歯医者さんに行かなくてはならなくなりましたふらふら
かなり前に詰め物がとれてしまった奥歯がこの頃痛くなってきたので、ウォーデンのデンティスト病院に行くと予約制とのこと。なんとか行けそうな時間を予約して行ってみると、ひげもじゃの外人の先生で(当たり前だけどなんか緊張)、なんだかんだ説明されてもさっぱり解らないのですが、ひとまずわりと簡単に治りました。ところがどうも他の歯も治した方がいいみたいなことになってしまって、何回か通うはめになりました。保険にはいってないので全額負担で一回30ドルもかかるのでたまりません。
何回めかに、あとは外科で抜いた方がいいとか、紹介状を書くとか言ってるみたいなので、がく〜(落胆した顔)ちょっと考えてひらめきもうじき日本へ帰るからと言って、やっとさよならできました。ダッシュ(走り出すさま)
治療の度に必ず麻酔をしてくれます。そんなにひどい虫歯では無いと思うのに・・おかげでその後昼食レストランで楽しみにしてる例のパンケーキは口がマヒしてて、こぼさないように食べるのに必死でした。
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2006年01月09日

パンケーキ専門店

本 No. 50

1977年8月
ビッグニュースはウォーデンのショッピングセンターの拡張工事が完成して、ついにオープンしたことでした。さっそく行きました。わーい(嬉しい顔)新しい大きなスーパーができて、しゃれたお店もたくさん、特にうれしかったのが新しいレストランでレストラン、休みの日に食べに行くのが楽しみになりました。
なかでも気に入ったのがパンケーキ専門店、The Pancake-Manでした。
とにかくパンケーキのメニューが50ぐらいあって、一回行ってメニューを貰ってきてからはもうどれにするか、悩むのがまた楽しくて・・
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パンケーキはだいたい日本のホットケーキより薄めです。おかず系のパンケーキとデザートに甘いのを頼んだものの、さすがに多すぎるかなと思って訊いたらお店の人も商売だから「大丈夫」とかいってくれて・・
いまでも覚えているのは、クレープより厚めの生地にグラニュー糖とレモンの絞り汁がかかっただけというシンプルなもの、ハワイ風のハムとパイナップルがのったもの・・
飽きずにしばらくは通いました。結局3分の一ぐらいの種類は食べたようです。(メニューにチェックがしてある)(^_^;
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2006年01月08日

Canteen の当番

久々に昔の話

本 No.49
1977年7月
プライマリースクールにAさんの上の子が通うようになってからはCanteenレストランのお当番にも行くようになりました。Canteen というのを辞書で調べると食堂となってますが、食堂というより小さな調理室と売店です。給食がないので子供達はランチを持ってくることになってますが、持ってこない生徒は、紙の袋に注文を書いて、お金をいれて出します。それを係のおばさんが集めて何をどれだけ作るか決めます。当番のお母さん達は4人ぐらいで、手分けして作ります。たとえばハムサンドウィッチ30個、卵サンド10個、ミートパイ20個とかいうふうに・・ハムは冷凍の凍ったままをサンドします。ミートパイは冷凍品をオーブンで焼くだけ。変わっていたのは、バナナサンド、スライスしたバナナに砂糖を入れてグチュグチュと混ぜたのをパンにはさみます。袋の注文書には、トマトソースを入れないでとか、たっぷりいれてとか・・色々書いてあるけど、たまに逆にやっちゃったりしてがく〜(落胆した顔)・・

サンドイッチは薄紙に包んで注文袋にいれ、お釣りも一緒に入れます・・日本だったら食べ物は別の袋にいれると思いますが・・素人のお母さん達が入れ替わり立ち替わり調理する時点で日本ではアウトでしょう。この国はおおらかだと思います、衛生観念はかなり違います・・地面に落とした食べかけのアメををお母さんが拾ってまた与えるのを見たときはびっくりしましたが・・
調理が終わると後かたづけで、調理器具を洗ったりするのですが、例によってオーストラリア流で、洗剤液のついたまま拭いてしまう・・・この頃には慣れていたので、他のお母さん達におまかせでした。
当番の仕事にはもう一つあって、ランチの支度が終わった頃、リセスという休み時間になると、売店の窓をを開けます。なんと学校でお菓子を売るのです。アプリコットデライトとかスペースバーとかいうお菓子の他に、スープや、ニンジンのスティックもあります。どれも1セントから5セントぐらいなので、休み時間になると子供達がむらがります。こっちは注文と金額を間違えないようにと必死でした。
日本との違いをたくさん感じた当番でした。
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2005年12月21日

ELO

本No. 48

1977年6月

オーストラリアに来て1年経ちました。
レコード店の向かいの本屋にいたら、ゾクッとするようないい曲るんるんが聞こえてきて、
見に行くとエレクトリックライトオーケストラの" New World Record"というレコードジャケットが飾ってありました。即、買って帰りました。レコードだとすぐ聴けないので、カセットにしました。そしたら歌詞カードが入ってないのです。ふらふら(そういうものなの?)悲しいことに歌の意味はあまりわからなくて・・でも、タイトルどおり、新しい世界を感じさせる音、メロディー、声で、すっかり気に入ってしまいました。

この頃はいろいろあって落ち込んでいた時期で、ある日、英語クラスで小耳にはさんだ話・・インドネシアの人が生まれて初めてスケートに行って怖かった、という話に、ひらめきパッと世界が開けた思いがしました。スケート場があるexclamation&question調べたら北のはずれの方にありました。ただしバスしか交通手段がないのに果たして行けるだろうか?有り難いことにある路線の終点が近くにあることがわかり、キャンベラの南の端から北の端までバスを3回乗り継いで1時間半かけて行って来ました。外見は倉庫のような建物で中にはいると確かに氷が張ったリンクが・・でもお客が誰もいない・・靴を借りて滑り出してもなんか落ち着かない・・
しばらくしてどやどやと入ってきたのは高校生十数人、授業だそうで、やっと活気がでてきたと思ったらなんとあのELOの曲るんるんがかかったのでした。わーい(嬉しい顔)

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結局あとからレコードも買いました
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2005年12月19日

釣り

本 No.47

1977年5月
5月末と言えばもう寒いのに魚釣りに行くことになって、他の日本人家族と車を連ねて
Edenに向けて出発しました。宿泊先のモーターインからさらに車で40分位で釣り場の桟橋につくと、海の水は黒々としていてそこに白いクラゲが漂っていました。クラゲの居るところは魚も多いというので釣り糸をたらすと、アジやサバがかかってきました。
海釣りなんて初めてで、やり方が悪かったのか、ガキッどんっ(衝撃)と音がしてなんと新品の釣り竿のリールの部品が折れてしまいました。がく〜(落胆した顔)仕方なく手で直接糸を垂らして釣ることにたらーっ(汗)・・・
海に突き出た桟橋は風当たり強く手がかじかんで、エサの冷凍エビをつけるのも辛くなるほどで、この日は引き上げました。さすが日本人・・宿では早速お刺身ができあがりました。

翌日は薄暗いうち6:15に出発、日の出を湾の向こうに見ながらの釣りとなりました。収穫はさっぱりで、船に乗って岩場の方へ行ってみると、違う種類の魚がいて、フラットヘッドというのがよくかかりました。このTwofold BayからはSouth Coast の山々がまわりを取り囲むように見えます。日本の山と違って、人間を拒絶しているというか、人間なんか踏み込まないような神秘的な山々に見えました。オーストラリアは広すぎてたぶん未踏の山だらけなのでは・・・何か得体の知れない物がいそうでゾクゾクします。
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2005年12月18日

ドライビングテスト

本 No. 46
1977年4月
メルボルンから帰って頭を切りかえて、翌日のテストに備えて車の練習のはずが、
切り替わっていなくてメロメロの状態。自信全くなくて、やはり当日テスト前の練習でもひどいヘマをやって、"Oh,Dear!Oh Dear!!"とあきれられてしまい、テストやめて帰った方がいいなんて言われてしまいました。もうやだ〜(悲しい顔)今だったら素直に帰ったでしょうが、若い時はそうでもなかったみたいで、口頭試験だけでも受けさせて欲しいとお願いして、受けさせてもらいました。交通ルール信号について訊かれて答えるのですが、もらっていた問答集のなかから出されるので、何とか受かりました。結局実技試験もやらせてもらったのですが、インジケーターを早く出しすぎたり、Give Wayでミスがあり不合格、2週間後に再テストとなりました。
5月
落ち着かない2週間が過ぎ、再テストの日、実技試験は前とは違う試験官で、前回ミスしたGive Way の標識があるところばかり集中的にぐるぐる走りました。車(セダン)結果は合格で手(チョキ)、窓口に行って免許証をもらうのですが、ペラペラの紙一枚、なんと写真も貼っていない!
2年間で7ドル、試験料が10ドルでした。これでドライビングスクールともお別れで、最後に先生の運転で連れて行かれたのは、先生の家家でした。(?.?)卒業証書をもってきてサインしてくれました。年間に250人ぐらい教えるそうで、手帳に書いてある名前のうち合格者の名前を消していくそうです。ページを随分前に戻ってただ一人残っていた私の名前に線を引いて、ほっとした様子でした。たぶん一番出来の悪い生徒?ふらふら帰り道はご機嫌になって、色々話してくれました。戦争中日本に行ったことがあって、今でも学生はセーラー服を着ているのかとか訊いてきました。そして一番大事なのは毎日運転することだと・・でもそれは無理(危ないからという理由で、Aさんの許可おりず)・・結局この日がこの国で運転した最後の日となってしまいました。

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2005年12月14日

2度目のメルボルン

本 No.45

1977年4月

1日だけのキャンベラ滞在で、宿泊はレイクサイドホテル、
なんだかすっかり観光客気分。
あわただしく翌朝はメルボルンへ・・
路面電車が走っていて、シドニーとは雰囲気がちがいます。

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前に来たときは春、今度は秋で違ったメルボルンを感じるのはやはり公園です。
秋は一層落ち着いてシックになっていました。
クラシックな建物が目をひきます。(今となっては何の建物だか?・・)

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3日間で、市内観光と自由時間、結構ゆっくり過ごせました。動物園にも行って、カンガルーとコアラ(こんなに近くで見たのは初めて)にも会えました。
最終日は、デパートで服ブティックなど(キャンベラよりたくさんあってうれしい)買ったり、Aさんに頼まれた日本食材やおみやげをさがしました。親は帰国の途につき、私はキャンベラ行きの飛行機飛行機までしばらくぶらぶらしました。(すごく自由な気分)

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帰りの飛行機、離陸してまもなく、ガシャーンどんっ(衝撃)とすごい音がして・・・
キャーがく〜(落胆した顔)もうお・わ・り・かと寿命の縮む思い、恐る恐る見るとスチュワーデスさんが
コーヒーのワゴンを倒した音でしたたらーっ(汗)
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2005年12月13日

キャンベラで牧場見学

本 No.44

1977年4月

シドニーを2日間観光した後、キャンベラへ。ここもツアーバスで連れて行ってもらいましたが、普段生活している街を観光客として廻るのはちょっと妙な気分でした。

市内はお馴染みのコースをめぐり、計画都市の人工的美しさを鑑賞し、昼食レストランはバーベキューとなっていて、クインビヤン郊外の牧場へ行きました。
典型的な牧場風景の中、観光客のために羊の毛を刈って見せてくれたり、シープドッグで羊を集めたり、ブーメランを投げさせてくれたり、といわゆるオーストラリアらしい場面を楽しめるようになっていて、この旅行のメインイベントって感じでした。
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billy.JPG Tea喫茶店をカップに入れてもらっているところです。
真っ黒にすすけた缶はBillyといって、これに水を入れて焚き火で沸かし、紅茶の葉を入れて
煮出したteaがオーストラリア流のtea なのです。
スワグマンがお茶を飲む光景がWaltzing Matildaの歌にありますが、この歌はかつてオーストラリア国歌でした。当時新しい国歌が決まったばかりのようでしたが、哀愁をおびていているWaltzing Matildaが好きでした。
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お土産用の紅茶缶には歌詞と説明が・・


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2005年12月12日

パディントンのテラスハウス

本 No.43


1977年4月

シドニーで両親のパック旅行に加わり一緒に市内観光、今写真を見るとオペラハウスの写真が多くて、他の所の記憶はあまりないです。(^_^;ただ、自由時間に行ったパディントンはもう一度行ってみたいところです。

パディントン地区には1800年代に建てられたテラスハウスと呼ばれる家並み家家があります。この家のことは、キャンベラの本屋さんで買った料理の本の挿し絵を見て好きになってしまいました。料理の本本ですが、写真は一枚もなく、ペン画の挿し絵だけ、しかもパディントンの風景がページごとに描かれていて見ていてとても素敵な本なのです。
もっとゆっくりまわって見たかったですが実物を見て雰囲気には浸れました。

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昔の写真ネガからパソコンに取り込んだのですが、色がうまくでません、もはやセピア色の遠い過去の時代です、白黒にしました・・・もうやだ〜(悲しい顔)
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2005年12月11日

イースターは空から

本No.42

1977年4月
10日はイースターで、何かが空から落ちてくる?イベントと言う情報でWestonの学校の空き地まで出かけました。どこから集まったかと思える人であたりはいっぱい。
やがてブラックマウンテンのほうから小型飛行機飛行機が飛んできたと思ったら、黒い点々が空に広がって、バラバラと芝生の上に落ちてきました。
それーっダッシュ(走り出すさま)とみんな一斉に駆けだして取りに行ったのですが、一つに5,6人が群がって、子供達は取れませんでした。キャンディーみたいな物で、中にはイースターエッグと交換できる「当たり」も入っているらしいです。飛行機から物をばらまくなんて日本では出来ないから、ドキドキで、盛り上がります。
一通り拾い尽くすとまた空を見上げます。ぐるっと旋回した飛行機がまたやってきて、今度はだいぶ離れたところに落としていきました。3回目に期待したのですが、これも拾えず、がっかりもうやだ〜(悲しい顔)の子供達でした。
中には学校の屋根によじ登って屋根の上に落ちたのを拾っている男の子達も居て、
そのくらいの根性がないととれるものではありません。

3ヶ月間の車の練習期間がそろそろ期限切れになりそうなので、Learner's Permit の延長手続きをしました。テストは4月下旬に受ける予定でしたが、その前に両親が日本から観光で来ることになっていたので、6日間も休みをもらうことに・・パック旅行で来るので、私はシドニーで合流参加という形になりました。
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