2014年07月18日

武蔵国分寺万葉植物園

先週行ってきた武蔵国分寺万葉植物園。 →武蔵国分寺
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あまり観光的には宣伝されていないので普通のお寺といった感じです。
万葉集の歌人たちが歌に詠んだ植物を元国分寺住職が13年かかって採集し、境内に約160種が植えられているという事です。

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今の時期咲いているのはノカンゾウとヤマユリなどでほとんどは春が見頃なのでしょう。鬱蒼とした山道ぞいに境内の裏手にも廻れる道がありましたが雨の降りそうな天気でうす暗かったのでやめました。

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DSCN8147-1.jpg訪れる人もほとんどいなくて静かな境内です。苔むしたお庭に集められた草花の数々、万葉の時代を感じることができるようにというご住職の意図が伝わります。





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楼門は江戸時代に建てられた東久留米市米津寺の楼門を明治時代に移築したもので、道路からお寺に入るときに最初に目につく建物です。
今回植物園目当てであまりお寺のこと調べずに行ってしまい、帰ってきていろいろ見逃していたことがわかりショック。薬師堂と仁王門を見なかったのは残念。
武蔵国分寺ホームページ


EPSON014-1.jpg江戸名所図会の武蔵野の紹介にはこのようなことが書いてありました。
「草より出でて草に入る、また草の枕に旅寝の日数を忘れ、問ふべき里の遥かなりなど、代々の歌人袂をしぼりしが、御入国の頃より、昔にひきかへ、十万戸の炊煙紫霞とともに棚引き、わづかにその旧跡の残りたりしも・・・中略・・・往古の風光これなし・・」
つまり、江戸時代において既に武蔵野の風景が様変わりしてしまったと嘆いているようです。
しかし引き続き「されど月夜、狭山に登りて四隣を顧望するときは曠野蒼茫千里無限。往古の状を想像するにたれり。」とありました。やはり草ぼうぼうの原野だったのでしょう。
「むさし野といづくをさして分け入らん行くもかへるも果てしなければ」(武蔵野紀行 北条氏康)
そのような原野を想像するのは今はもっと大変だけど、江戸名所図会の絵に今の姿を重ね合わせて想像するのが毎度楽しみ、どこかにその名残を探してみたい・・

posted by rei at 14:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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